『セブンカラーズ』第一章:第一話(いつもの朝)

セブンカラーズ

 「—! 絶対に―! だから―!」
 「ああ、待ってる、海翔!」

 夢を見ていた気がする。どんな夢だったか詳しくは覚えてはいないけれどずっと誰かを追いかけ続けている夢。その背中は追いかければ追いかける程どんどん離れていって、次第にその姿は闇に消えていく。

 不思議なことにそこまで必死に追いかけていた君の名前は少しも思い出せない。だけど君が僕にとってとても大切な人だということだけは確かに覚えている。

 遠くから小鳥の鳴き声が聞こえてくる。友達同士で遊んでいるのだろうか。チュンチュンという鳴き声が不定期に近くから聞こえてくる。普段ならばこの小鳥の声を聞くと気持ちよく起きられるのだが今日はなんだか体が重い。

 昨晩は特に夜更かしもした覚えはないのだが、まるで接着されてしまったかのようにまぶたが開かない。体は重いしまぶたは開かない。明らかに体が体調不良を訴えている。なら仕方ない。今日は学校を休むしかないだろう。そう決め込んでふとんを深くかぶり直す。

 ジリリ! ジリリ! ジリリ!
 枕元で目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。

 「仕方ない、起きるか……」

 目覚まし時計があまりにもけたたましいので仕方なく時計を止めて体を起こす。固まっていた体をほぐすようにう~んと伸びをすると、さっきまで感じていた不自然な体の重さはどこかへ消えていた。さっきとは一転気持ちの良い朝の目覚めである。

 —ポロリ。涙がほろりと頬を伝う。
 あれ、なにか悲しい夢でも見ていたのかな。正直全く身に覚えがないからなんだか気持ちが悪い。

 「まぁ、いいか」

 考えても分からない事は今は知る必要がない情報である。これは僕―中川海翔が約17年間の人生で学んだ教訓だ。ベッドを降りカーテンを開けると気持ちの良い朝日が全身を包む。

 さっきの体調不良が嘘の様に清々しい朝である。気分が上がるとやる気もどんどん湧いてくる。パチンと頬を軽く叩き制服に着替え、リビングへ降りる。

 「おはよう、母さん」

 「おはよう、海翔。朝出来てるから早くたべちゃいなさいね。それじゃ行ってきます」

 母親が忙しなく準備を終え仕事へ向かう。最近は上司から頑張り次第では非正規雇用から正社員にするかもしれないと言われ、普段にもまして気合が入っているそうだ。

 リビングへ入るときっちり1人分の朝食が準備されていた。朝から晩まで働いて、家事もこなしている。ほんと母親には頭が上がらない。手早くパンを焼き食卓につく。

 「いただきます」

 食事を口に運びながら、なんとなく電源が点いていたテレビを見る。今朝のニュース番組も連日報道されている「連続殺人事件」についての話題で持ちきりだ。2週間くらい前から定期的に死体が市内のどこかで発見されているのだが、未だ犯人は見つかってないそうだ。

 幼いころから自分が住んでいるこの町で、毎日のように人が殺されてるなんて正直実感は無いが良い気持ちはしない。

 そんな事を考えていると、朝食も食べ終わったので手早く食器を洗う。僕は母さんと2人暮らしなので家事は出来るだけ分担しようとしている。母さんが朝食を作ってくれたら、僕が片づけるし、僕が掃除をしたら次の日は母さんが掃除をする、などだ。まぁ今はほとんどの家事を母さんが1人でやってしまっているのだが。

 洗い物を終え、リビングへ戻ると時計の針は8時過ぎを指していた。そろそろいい時間である。リビングを出て、家を出る前に和室へ寄る。

 和室にある仏壇に手を合わす。僕が小学生の頃に病気で亡くなった父さん。詳しくは覚えてないけれど真面目で優しい人だったらしい。そして毎朝出かける前にこうして父さんの仏壇に手を合わせるのが僕たち家族の日課だ。

 父さんが亡くなってから色々あったけど、今はなんとか楽しく暮らしています。

 「いってきます、父さん」

 玄関のドアを開けると、暖かい秋風が吹いてくる。季節が徐々に夏から秋に移り変わっているのだと吹いてくる風に実感させられる。

 ふと上を見上げると雲1つない真っ青の空が広がっている。ここまで清々しい青空が広がっていると、今ならどこを切り取っても映えるだろう。そんな青空の下を通学する。なんだか気分も上がってくる。今ならスキップをしながら学校に行ってもいいくらいだ。

 美しい空を見上げながら歩いているとシャーという音が徐々に近づいてくる。自転車だろうか。ならば近づいてくるのはあいつだろう。

 「よっ、海翔」

 後ろから陽気そうな男の声がする。振り向くとそこには同じ制服を着た青年が立っていた。海翔よりも体格がいいのが特徴だ。

 「おはよう、慎吾。朝練は?」

 「おう、寝坊したぜ」

 彼―加藤慎吾は歯をキラリと輝かせながらグッと親指を突き上げた。この爽やか系男子は高校2年にしてサッカー部のエース、勉学も優秀という完璧イケメンである。唯一の短所はとてつもなく朝に弱いという点だろう。

 しかしまぁ毎日のように寝坊しているのによくエースという立場を維持できるものだ。どこの世界にもやっぱ才能を持ってる人は強いんだなぁと慎吾を見ているとつくづく思う。

  「そういや、あの事件の犯人ってもう捕まったのか? 怖えよなぁ」

 「まだみたいだよ。2週間以上も見つからないって一体どんな所に隠れてるんだろうね」

 「案外近くにいたりして」

 突如女の子の声が増える。

 「「うわぁ!」」さっきまで殺人事件の話をしていたので2人ともつい勢いよく飛びのいてしまう。

 「おい、朝っぱらから脅かすなよ!」

 慎吾が突如現れた女の子に言った。慎吾は意外とビビり症なところがあるので本気で驚いていた。

 「ふふふ、ごめんね加藤君。おはよ、中川君」

 「う、うん。おはよう遠藤さん」

 女の子ー遠藤詩織は楽しそうに笑う。海翔、慎吾、詩織、この3人の通学路は途中で被るので、よくこうして一緒に通学路を歩いている。そして今年は2年連続で同じクラスだったのでなんとこのまま教室まで一緒だ。

 サッカー部のエースに、気さくで可愛い詩織。その2人に挟まれている特に個性の無い僕。若干のジェラシーを感じるが、まぁそんな事を気にしても仕方ないので最近は考えないようにしている。考えても分からないことは、今は必要ない情報だからね。

 「そういえば学祭の準備。間に合うかな?」
 詩織が若干心配そうに言った。

 学祭。夏休みも明け、一番初めにやってくるのがこの大仕事である。海翔達の高校にはコンクールに出ると必ず金賞を取ってくるという超実力派吹奏楽部がある。そしてそんな吹奏楽部が学祭限定演奏会をしかも無料で行うというのだから、それはもう毎年演奏を聞くため沢山の人々が訪れるのである。ちなみに毎年テレビの取材班も来ている。

 しかし学祭を訪れる人の大半は演奏を目的に訪れているので、演奏をしているホール付近以外はガラガラという何とも物寂しい現象が毎年発生するのである。

 なのでクラスごとの発表は必要無いようにも思えるが、学校がやれと言うので毎年どのクラスも消化試合的に最低限の作品だけを作って、各々楽しんでいる。という感じだ。海翔達のクラスもその例に漏れないのだが、今年は思ったよりも作業が進んでいない。

 「う~ん。進捗としては結構厳しいかな。まぁギリギリって感じ」

 2週間前から連日報道されている連続殺人事件。この事件は海翔達にもしっかりと影響を与えていた。この事件のせいで放課後に長時間、作業ができなくなってしまっているのである。

 誰もそこまでのクオリティは求めていないのだが、あんまり低クオリティだと先生に怒られるので、それなりのクオリティのものを作ろうとするとそれなりに時間がかかってしまう。それに色々別の問題もあるし……。

 「そっか。準備、がんばろうね」

 詩織が微笑む。眩しい笑顔だ。ほんと僕にはもったいない、そんな気がする。

 「悪いな海翔、あまり手伝えなくて」

 詩織とは対照的に慎吾はとても申し訳なさそうな表情をしている。慎吾は表情の変化が激しいので、とても分かりやすい。逆にこっちが申し訳なくなってくるくらいだ。

 「大丈夫だよ。今年もサッカー部の出し物があるんだろ? そっちを頑張ってよ。僕は大丈夫だから」

 「悪い、今度飯おごらせてくれ!」

 「いいよ、別に。仕事があるという事は良いことだよ」

  何もしないよりは、何かをしている方がよっぽど気は楽だ。それに頼まれたら断れない。これは僕の性分だから、もう仕方ない事なのかもしれない。まぁこの準備を僕に頼んできた奴が放課後何をしているのかを想像したらやるせない気持ちにはなるが。

 高校生特有の得にも損にもならない他愛ないけれど、なぜだか楽しい会話をしながら歩いているといつのまにか校門の前まで着いていていた。海翔が通っている高校は校門から昇降口までが異様に長くて、遅刻常習犯の生徒からは「魔の100m(実際100mもない模様)」と呼ばれている。

 「じゃ、俺こっちだから。後でな」

 慎吾は駐輪場へ向かうため、途中で別行動だ。といってもなぜかいつも教室に入るまでには追い付いてくる。一体彼はどんなスピードで歩いているのだろうか。駐輪場に寄っているのだからどう計算しても海翔達に追いついてくるのは不可能なのだが。個人的に自由研究の題材にしても良いのではないかと思うほどの謎である。

 そんなしょうもないことを考えていると教室に到着する。今日もやっぱり慎吾は着く前に追いつてきた。教室に入ると、既に教室内にはほとんどの生徒が揃っていた。今日は少し遅かったかもしれない。

 暫くすると担任が入ってくる。さぁ今日も1日が始まる。海翔は改めて気合を入れ直した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました