『セブンカラーズ』第一章:第二話(性分)

セブンカラーズ

 今日の授業を1通り終え、今は放課後の時間。外からは運動部の活気の良い声が聞こえてくる。そんな声を尻目に僕は、1人教室に残り学祭の準備をしている。

 今年の僕たちのクラス発表は、メルヘンな森の中。メルヘンな森を見たことがないので想像で作るしかないのだが、正直メルヘンがなんなのかいまいち分からない。メルヘンという単語をスマホで調べても某有名アニメーションの映像が出てくるばかりだったので、悩みに悩みぬいた結果小動物や妖精をそこらに配置するという、よく分からない発表を作ることに決めた。

 そもそもなぜ僕がこんな面倒くさい作業を1人でしているのか。その理由は昨日の昼休みまで遡る。

 ~昨日の昼休み~

 いつもは慎吾と一緒に昼食を取るのだが、昨日は慎吾が部活のミーティングに行ってしまったので1人で昼食を食べていた。普段よりも味気ない昼食を手早く済ませた僕は、特にやることもなかったので食後の運動がてら校内を散歩することにした。今思えばこの選択が悲劇の始まりだった……。

 海翔たちの高校は、一般の教室が入っているA棟、B棟。そして特別教室などが入っているC棟という3棟の建物で構成されている。自慢ではないが、校舎は結構広いので昼休みだけで全部回るには中々骨が折れる。

 なので海翔は普段あまり寄る事のないC棟を回ることにした。昼休みのC棟は人が少なくて静かだし、何より一般の教室には無い怪しげな雰囲気を感じる。そんな怪しい雰囲気を味わうために海翔はC棟へ向かった。

 一階。社会科の教室や国語系の教室が集まる階。学祭の発表なのか強大な立体世界地図や、古文の調べ物の発表などの展示物が並べられている。

 二階。理数系の教室が集まる階。やけにリアルな人体模型や、よく分からない数式が所狭しと書かれている謎の展示物など、見る人を選びそうなものが沢山並べられている。

 三階。補習などに使われる特別教室や視聴覚室などがある階。軽音楽部が練習をしているのだろうか。視聴覚室からは様々な楽器の音が漏れ出ている。

 そして四階。事件はここで起こった。四階は特別教室や空き教室が多い階だ。なので普段から人気が少ない。学祭を4日後に控えているということで今日は特にひっそりとしている。なので普通は四階なんかに人は存在しないはずだ。しかし両脇に女子を連れている青年が1人、海翔へ向かって歩いてきた。

 その青年は海翔を見つけるといやらしく口の端を吊り上げ言った。

「やぁ中川。丁度お前を探してたとこなんだ」

「あぁ、斎藤君。僕を探してたってなんで?」

 海翔がそう言うと、青年―斎藤光はさらに口の端を吊り上げ言った。

「なに、大したことじゃないんだけどね。お前に1つ頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」

「ああ、お前にしか頼めないことなんだ。学祭の準備あるよな。俺って暇じゃないからさ。放課後まで残って作業なんてできないんだよね。でも放課後も準備しないと終わらないだろう? だから俺の代わりに準備やってくれないかなぁって思って、わざわざお前に話かけてやったのさ」

 ああ、やっぱりそんな事か。そもそも「メルヘンな森の中」なんてよく分からない割に時間がかかりそうな展示をしようと推したのは君じゃないか。だけど確かにこのままのペースでやっていては到底間に合わないので、放課後まで誰かが作業をしないと展示は完成しないだろう。そしてこのクラス展示というのは絶対に完成させなければならない。そう、誰かが……。

「……。分かったよ。出来る限りやってみる」

 海翔がそう言うと斎藤はつまらなさそうな顔で言った。

「そうかい、じゃあ頼んだよ。あ、作業始めるまでしばらく時間開けろよ。お前1人で作業してたら俺がまるでお前をいじめてるみたいだからさ」

 斎藤はさっきまでのいやらしい笑顔が嘘の様にムスッと不機嫌そうな顔で去っていった。おそらく無理難題を押し付けて、戸惑っている海翔を見たかったのだろう。

 頼まれたら断れない。これは昔からの僕の性分だ。始めは治そうと思ったけど、最近はもう諦めてしまっている。性格がそう簡単に変わらないようにアイデンティティに深く潜りこんでいる性分もそう簡単に変わらないのだ。

「……とは言っても。大変なことを引き受けちゃったなぁ」

 面倒事を引き受けてしまったことの後悔と、たまにはと珍しく食後の運動をした時に限ってこんな事が起こる運命の残酷さを呪いながら、海翔は教室へ戻った。

 ~現在、放課後の教室~

  昨日はメルヘンという単語とずっと格闘していた。そしてその格闘の末勝利したので今日はめでたく作業に入れるのだが……。

 多い。多い。やるべきことが多すぎる。昨日はずっと思考していただけなので作業は少しも進んでいない。学祭の一週間前からは午後の授業も準備に充てられるのだが、誰にも見られないクラス展示のために気合を入れて作業をしようとする者など誰もいない。準備の時間というよりは、道具を片手にグループごとにお話する時間になっている。なので作業の進捗率としては多めに見積もっても20%くらい。正直逆立ちしても間に合わないって感じだ。

 しかし僕の仕事は間に合わない作業をどうにかして間に合わす事だ。やるべき事ははっきりしてるんだ。なら後は効率的に進めていくだけさ。強めに頬を叩き、気合を入れ直す。

「さぁやるぞ!」

 海翔は1人ではあるが固い決意表明をし作業に取り掛かった。作業プランは頭の中で出来上がっている。後はゴールまでひたすら走るだけだろう。

 数時間後。時間を忘れて集中していたとはこのことで、気づけば下校時刻になっていた。作業を始めた時には、外から部活動や準備の賑やかな声が聞こえていたのだがその声もすっかり聞こえなくなっている。去年はもう少し作業ができたのだが、今年は連続殺人事件の影響で下校時刻が例年よりも早まっている。ふと、今日の作業量を振り返ってみる。

 ……。……。駄目だ、全然足りていない。今帰っては絶対に間に合わないだろう。

「う~ん、どうしよっかなぁ」

 腕を組み少し考える。校則的には帰らなくちゃいけない。だがここで帰っては絶対に作業は終わらない。そして連続殺人事件の犯人はいつ逮捕されるか分からない。ならば明日以降下校時刻が延長されるとは限らない……。

「じゃあ、決まってるよな」

 下校時刻の自主延長。今海翔が取れる選択で一番適していたのはこの選択だった。教師に見つかってしまってはいけないが、もし見つかっても熱心な生徒くらいで済むだろう。ということで海翔は作業を再開した。

「終わったぁ~」

 作業を再開して数時間。なんとか今日の分の作業をやりきった。ずっと座り仕事だったのでぐぅっと伸びをすると、体中のあちこちからパキパキと音がする。体が凝り固まってるなぁ。

 周囲を見渡すと今日の成果の愛くるしい小動物たちや、細かいゴミなどが散乱している。中々酷い有様である。明日も当然朝から授業があるので綺麗に片づけないといけない。始めから散らかさないように作業すればいいのだが効率を追求しようとすると、どうも作業場が散らかってしまう。

 ふと黒板の上に設置されている掛け時計を見ると、時計の針は既に8時を回っていた。教師たちはもう帰宅しているだろうが、夜の警備にあたっている警備員が巡回してくるかもしれない。警備員に見つかったら面倒なので手早く片付けた方がいいだろう。

「あれ……中川君?」

 片づけをしていると、教室の入り口の方から急に女の子の声がした。振り返るとそこには詩織が立っていた。本来いるはずの無い海翔を見つけて戸惑っているように見える。まぁ普通こんな時間に1人で学祭の準備なんてしてたら驚くだろう。

「あぁ遠藤さんか、こんばんは。どうしたのこんな時間に」

 海翔は話しかけてきたのが警備員ではなく詩織だったことに安堵しつつ、純粋に気になった疑問をぶつけた。当然だが彼女がこんな夜に学校にこないといけない理由なんてない筈だ。

「わ、私!? あぁえっと……。そう、忘れ物! 忘れ物をしたの!」

 詩織は慌てた様子で自分の机の中をいじりだした。どう見ても嘘をついているがまぁここで追及しても仕方ないだろう。海翔はやることが山積みだったので遊んでいる時間はなかった。

「これ全部中川君が作ったの?」

 海翔が今日使った道具やゴミを片付けていると、詩織がとりあえず並べておいた小動物たちを興味深そうに見ながら言った。

「まぁね。昔から手先は器用なんだ」

 海翔は小さい頃から一通りの家事などをこなしてきたので、ある程度のことはできるし手先も器用だ。といっても教室の飾りつけなんてしたことはなかったが。

「これって学祭の準備だよね。なんでこんな時間まで?」

「学祭まであと3日だからね。時間が無いからこの時間まで残って作業を進めないと間に合わないんだ。警備員さんに見つかったら面倒だから遠藤さんも早く帰った方がいいよ」

 床をほうきで掃きながら答える。さっき廊下に出た時、照明が点いていた教室はここだけだったので警備員に見つかるのも時間の問題だろう。

「そっか……。聞きたいことはそこじゃないんだけどな……」
 詩織は海翔が聞こえないくらいの声量で呟いた。

「ねぇ中川君。私も明日から一緒に学祭の準備手伝うよ。1人だと大変でしょ?」

「え、いや悪いよ。遠藤さんだって忙しいんでしょ? 今日だってやけに険しい顔をして教室を出て行ったし」

 今日は全ての作業が終わるまで8時までかかったが、それでもまだ作業量としては少ない方である。明日からはさらに遅くなってしまうかもしれない。連続殺人事件の犯人もまだ捕まってないのに、女の子をこんな時間まで付き合わせる訳にはいかない。

 それにこれは海翔が頼まれたことである。斎藤にいちゃもんを付けられる可能性もあるので、関係のない詩織を巻き込むのは気が引けるというものだ。

「ううん、用事があるのは今日だけだから」

 詩織は「全然大丈夫!」とでも言いたげな様子で首を大きく横に振った。確かに1人よりは2人の方が効率は良いけど、やっぱり関係ない遠藤さんを巻き込むのはよくないだろう。ありがたいけど、今回はやっぱり断るべきだ。

「いや、でも夜も遅くなるし……」

 海翔がそう言うと、詩織は腕を組みう~んと暫く考えたのち、何かを閃いたのか可愛らしく微笑み言った。

「じゃあ中川君、お願い。私もこのクラスの一員だもの。私にも学祭の準備手伝わせて?」

 これは弱った。「お願い」なんて言われた時点で断れないなんて、案外僕の性分というのは根深い所まで根付いてしまっているのかもしれない。それに詩織がここまで強情だとは海翔は思いもしなかった。

「分かった。あと2日間一緒に頑張ろう」

 海翔がそう言うと、詩織は満面の笑みを浮かべて深く頷いた。

「うん、こちらこそよろしくね、中川君」

 そこからは2人で分担して片づけを再開した。ちなみに海翔が今日作った小動物たちは「こんなに可愛いのに箱にしっまちゃうなんて勿体ない!」と詩織が言ったので、教室の後ろにある胸くらいの高さの棚に並べていく事にした。教室の備品などを収納しておく棚なので私物を置いてくと怒られるのだが、これらは学祭の展示物なのでまぁ大丈夫だろう。

 やっぱり1人でするよりは2人の方が早かった。作品やゴミで散らかっていた教室もあっという間に片付いた。詩織はどうやら片づけが得意なようで、使った道具などは次使いやすいように綺麗に整理整頓されケースに収納されている。

「いやぁありがとう、遠藤さん。想像してたより早く片付いたよ」

 本当に想定していた時間よりも早く終わったので、海翔は素直にお礼を言う。

「ううん、中川君の指示が的確だったからだよ。それじゃ帰ろっか」

 警備員に見つからないように、2人ともこっそりと廊下を歩く。シーンとした夜の学校をできるだけ音をたてないように歩く2人。そんな2人の間にはなんとも言えない緊張感が漂っていた。

 今日は運が良かったのか、誰とも出会わずに2人は校門を出ることに成功した。緊張の糸が解けたのか、特に理由もないのお互い笑いがこみ上げてくる。

 約10分ほど歩きくと左手側に公園がある丁字路が現れる。ここを右手に曲がると海翔の家、左手に曲がると詩織の家がある。

「夜も遅いし送っていこうか?」

 連続殺人事件はいつもこのくらいの時間帯に起こっていると今朝のニュース番組で言っていた。人通りも少ない住宅街なので女の子が1人で帰るのな危ないだろう。

「ううん、大丈夫ありがとう。それじゃ、また明日ね!」

 詩織はそう言うと歩き出してしまった。少し心配ではあったが、まぁ本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。海翔は自分をそう納得付けると、帰路へついた。

 この日は月がとても明るく輝いているのが印象的だった

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