『セブンカラーズ』第一章:第六話(取引)

セブンカラーズ

 普段とは別の方向へスタスタ歩いていくクロウに付いていくこと約10分。こちら側は海翔の最寄り駅から離れていく方の為、閑静な住宅街が広がっている。

「ねぇ、クロウさっきからどこへ行ってるの?」

「もう少しだ。……。止まれ、海翔」

 クロウが後ろを歩く海翔を腕で制す。クロウの背中越しに前の光景を見ると、そこには黒いモヤモヤとした物体が存在していた。そしてその黒いモヤモヤは、突如姿を変え昨日遭遇した黒い化け物になった。

「……クロウ!」

 慌ててクロウを見ると、ニッと口の端を吊り上げ悪人顔で笑っている。

「堕天使だ。カードを出せ、俺がやる」

 クロウは一般的な服装から、あの神々しい天使らしい服装に瞬時に変わる。するとそのまま堕天使に突撃していってしまう。

「ちょっ! い、インストール!」

 海翔は慌てて本を取り出し、カードを使用する。瞬時にクロウの右手に細身の剣が出現する。そしてそのまま堕天使に切りかかった。

 堕天使はクロウの袈裟切りを危なげなく回避しそのまま切りかかろとするが、クロウが堕天使の腕を抑え、切りつける。すると堕天使の黒いモヤモヤが、粒子となって消える。

「まぁ、こんなとこだな。海翔!」

 クロウは堕天使が残したシルバーのカードをそのまま海翔へ投げた。

「おうっと」

 突如飛んできたカードを海翔は何とかキャッチする。海翔がカードをキャッチすると、カードは手の平から消滅した。

「さ、次いくぞ」

 海翔のその様子を確認すると、クロウはスタスタと歩いて行ってしまう。

「ちょっと、待ってよ」

 海翔も慌てて付いていく。

 まるでRPGのエンカウントのように不定期に出現する堕天使を次々と狩っていく。三体同時に出現した時は、クロウも若干苦戦していたが基本的には圧倒していた。

 マカイズと戦っていた時はすぐに折れてしまっていた剣だったが、数十体以上倒した今までで二本しか壊れていないので、昨晩言っていた(堕天使は失敗作)というのは的を得ているのかもしれない。

「おらぁ!」

 クロウが力強く堕天使を切り払う。今回はカードを投げてこずに、機嫌が良さそうに海翔の方へ歩いてくる。

「今ので何体目だ?」

「二十三体目だね」

「ふっ、上々だな」

 クロウがカードを手渡しながら言った。

「さっきからずっと思ってたんだけど、これ僕が付いてくる必要あったの?」

 海翔はカードを受け取りながら聞いた。もはや慣れた動作だ。

「当たり前だ。俺とお前には契約という形で、魔力を流すケーブルみたいな感じで繋がっている。そのケーブルはあまり離れすぎると、魔力が届かなくなる。だからある程度は近い距離を保つ必要があるんだ。全く面倒くせえがな」

「そっか。無意味に連れまわされてるんじゃなくて良かったよ」

「お前にはカード供給っていう重要な仕事もあるんだから、忘れんなよ」

 クロウはそう言い残すと「帰るぞ」と言ってまた一人で歩いていってしまう。すれ違う時の顔は、若干照れているようにも見えた。

 言葉が悪くても、頼りにされているというのであれば悪い気はしない。二人並んで帰路へつく。

「ちょっと待て、海翔」

 クロウが突然隣の海翔を制す。あまりにも突然だったので、クロウの腕にぶつかってしまう。抗議の念を込め視線を送るとクロウは、これまでにない真剣な表情で空を睨んでいる。

「流石に鋭いですね、クロウ」

 突如青年の声が聞こえたと思ったら、天使がゆっくりと降りてきた。赤を基調としたクロウとは違い、青を基調としており、英国の騎士が着用していそうな大仰な鎧を身にまとっている。短めの金髪に、優しそうな青い瞳と、紳士らしい雰囲気が感じられる。

「何の用だ、ソウ」

「何の用だとは、いただけないですね。久しぶりの再会だと言うのに」

 ソウと呼ばれた青い天使が肩をすくめて言った。

「そうか、良かったな。じゃあな」

 クロウが適当に返事をして歩き出す。海翔も何となく会釈をしながらソウの横を通り過ぎる。

「おやおや。今日は取引をしに来たのですよ、クロウ」

 取引。この単語を聞いた瞬間、早歩きをしていたクロウの足がピタリと止まる。そしてゆっくりと振り返り「話だけは聞いてやる」と偉そうに腕を組んだ。ソウは満足げに微笑むと、話を始めた。

「今日はシルバー集めですか? 精が出ますね」

「まぁな」

「シルバーでは対天使戦では苦労するでしょう」

「悪かったな」

「早めに契約者を見つけられたようで何よりです」

 明らかにクロウのイライラが積もっていく。見ているこちら側が冷や冷やしてくる。

「くどい。先に要件を話せ」

 クロウが遂に爆発してしまった。またソウはやれやれと肩をすくめた。

「相変わらず、せっかちですね。では本題に。我々はマカイズの居所を知っている。そしてその情報をあなたに提供しても構わないというのが私の契約者の意志です」

「なんだと? そんなこと俺に教えてどうする。何が目的だ?」

「マカイズの討伐自体が我々の目的です。その報酬としてマカイズを倒したら、そのカードもそちらで回収してもらっても構いませんよ」

「話にならないな。そんなのは取引とは言わない。久しぶりの再会なんだ、腹を割って話そうぜ」

 クロウがいつもの悪人顔で笑う。普段の調子を取り戻してきたようだ。でも確かにこの話は虫が良すぎる。海翔は特に交渉術を心得ている訳では無いがそれでも分かる。

「そうですね……。しいて言うなればカードは七枚集まればいい訳です。それは一枚一枚集めるのと、誰かに集めさせて最後にそれを一度に回収するのとではどちらが楽かは明らかでしょう? 私たちにこれ以上武器は必要ありませんからね。なのでこれを頼むにはあなたしかいない、ということです」

 確かにクロウは言っていた。カードを七枚集めた者が次の神になると。それなら最後にまとめてかっさらった方が効率が良いのは当然の話だ。

「ハッ! お前の契約者は随分計算高いらしい。嫌いじゃないぜその考え方は。いいだろう。受けてやるよ、その取引」

「それは賢い選択です。ではこれは前金ということでっ!」

 ソウが一枚のカードをクロウへ投げる。クロウがキャッチするとカードは粒子となって消える。するとクロウはニッと口角を上げ言った。

「適当なシルバーに情報を入れて飛ばすとはな。皮肉のつもりか?」

「いいえ。粋な計らいですよ」

「ふん、帰るぞ海翔」

 クロウはまた一人で歩き出してしまう。海翔も慌てて付いていく。

「中川海翔!」

 後ろから海翔を呼ぶ声がする。振り返るとソウが微笑みながら海翔を見ている。

「あなたに一つだけ確認しておきたいことがあるのです」

「なに……かな」

 海翔答えると、ソウはいままで崩さなかった微笑み顔から急に真剣な顔つきに変わり言った。

「中川海翔。あなたは契約者でいることに覚悟を持っているのですか?」

「覚悟?」

 海翔が聞き返すと、ソウは呆れ顔で続ける。

「契約者は我々天使にとっての生命線です。そんな契約者を戦闘中にただ放っておくと思いますか?」

(ああ、そういうことか)

 確かに天使同士の戦闘なら、戦闘力もそうだが重要になってくるのは魔力の量だろう。そうなれば確かに戦略的に契約者を狙うのは理にかなっているだろう。

「中川海翔。あなたはもう少し契約者である意味を理解しておいた方がいい」

「おい、ソウ。てめえは俺が選んだ契約者にケチをつける気か?」

 クロウが間に入ってくる。さっきよりも明らかにイライラしている。

「もしも覚悟が決まってないなら、契約者なんていますぐ辞めた方がいい。今ならまだ間に合う。中川海翔。あなたはなぜ契約を引き受けたのですか?」

「海翔。こんなのに構う必要はない。行くぞ」

「待って、クロウ」

「ああん?」すでに歩き始めているクロウを制す。

「これはきちんと僕が答えないといけない質問だ」

 初めて海翔が強く自分の意志を示したのに驚いたのか、クロウは少し離れた所で腕を組み不機嫌そうに立っている。

「確かに命の危険はあるかもしれない。危険な場所に自ら行かないといけないかもしれない。でも僕は頼まれたんだ。契約しろってね。”頼まれたら断れない”これは僕の性分なんだ。幼いころから付きあってきた、ね。これでいいかな?」

 海翔の答えにソウのみならず、クロウまで驚いている。クロウと出会ってからまだ二日目だ。ここまで強い意志を持っているとは思っていなかったのだろう。

「俺がこいつと出会ったのは偶然かもしれない。だがな、俺たちが出会ったことは運命だ。そう感じる。理由は分からないがな」

 クロウが近くまで歩いてきて言った。確かに海翔にもこのような不思議な感覚があった。なんだか初めて会うのに初めてじゃない感じ。まぁ気のせいだろうが。

「ふっ、そうですか。失礼しました、海翔。無礼をお許し下さい」

 ソウがあの微笑み顔に戻り、深々と頭を下げる。

「ううん、ありがとう。僕も心の整理がついたよ」

「いえ、まさかここまで強い覚悟をお持ちとは思っていませんでした。それでは」

 ソウが軽く会釈をして、空へ飛び上がりそのままどこかへ飛んで行った。

「ふん、帰るぞ海翔」

 クロウがまた一人で歩き始める。振り向くときに一瞬見えたその顔は少し照れているように見えた。

「待って、クロウ」

 小走りで近づき隣に並ぶ。

「明日までだ。覚悟決めとけよ」

「うん。分からないなりにやってみるよ」

 夜の路地を二人で歩く。明日は学祭の準備最終日。そしてマカイズ討伐の日。重要な予定が二つも入っている。

 上を見上げると雲一つない空が広がっている。明日もこの空を見上げることができるのだろうか。いや、明日も明後日もこの空を見上げるのだ。こういうのを覚悟というのだろうか。今日の夜空を目に焼き付ける。明日もこの空を見上げる為に。

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