『セブンカラーズ』第一章:第七話(指切りげんまん)

セブンカラーズ

「えーであるから。イギリスから始まった産業革命をきっかけに……」
 今は世界史の時間。周囲の生徒は教壇から発せられる強烈な眠気に必死で抗っている。隣の席に座っている慎吾は早い段階で眠りの世界へ旅立ってしまったが。

 周囲は眠気と戦っているが、海翔はこれまでにないくらい精神は昂っていた。いや、正確に言うなら恐怖や不安が8、理由は分からないけれど安心が2という奇妙な昂り方ではあるのだが。

 今夜はマカイズの討伐に向かう日だ。今日の夜にも海翔は人外たちが本気で争う場に放り込まれるのだ。

 昨晩は簡単にではあるが、クロウと作戦会議をした。と言っても、マカイズの拠点に突撃してマカイズを倒す。という作戦なのかと言われると甚だ疑問が残る作戦会議ではあった。流石の海翔もそのアバウトさには文句を言った。

 しかし「作戦ってのは少しでも想定外が発生するとそこから一気に崩れるんだ。だからアバウトなくらいが丁度いいんだよ」と言うのがクロウ談であった。

(まぁ緻密な作戦を考えてもそれを覚えて実行できるか、と言われると自信はないので、クロウが言っていることはあながち間違ってはいないのかもしれないな)なんて思いつつ海翔は授業を受けた。隣の慎吾は授業の始めから最後まで、少しも起きなかった。

 

 

 

 今日の授業も平和に終了し、海翔達は最終決戦に突入していた。最終決戦と言っても、マカイズの拠点に突撃している訳ではない。もう一つの重要イベントである、学祭の準備だ。

 今日まで三日間全力で準備に取り掛かってきた。面倒くさいものではあったけれど、ここまでやったのだから自己満足であったとしても完成させたいと思うのは自然な事だろう。

 海翔と詩織。黙々と作業を進める。初日は構想、二日目は小道具、三日目は大道具、そして最終日である今日は全体的なブラッシュアップと微調整。「メルヘンな森の中」という訳の分からないお題のせいで、最終的なデザインなどの微調整が中々納得のいく出来の物ができない。

 しかしそんな苦しい戦いもこの人形、妖精(女、小型)を設置すれば全て終わる。始めは嫌々だった。しかしそんな作業も今となっては感慨深いものがある。隣にいる詩織も同じ気持ちなのかもしれない。

 お互い顔を見合って深く頷く。この三日間、苦を共にしてきたのだ。海翔は若干の信頼感が出来たのではないかと思っていた。ポンと妖精(女、小型)を飾りの上に置く。これでめでたく準備は全て終了だ。

「「いえーい」」

 二人でこの達成感を共有するようにハイタッチをする。大袈裟かもしれないけれど、これまでの達成感を味わったのは初めてかもしれない。

「ありがとう、遠藤さん。近いうちに何かお礼をさせてもらうよ」

「ううん、いいよお礼なんて。これはわがまま。私がやりたかったことだから」

 なんていい子なのだろうか。こんな損にしかならない様なことを、海翔に気をつかってくれたのかは分からないが、やりたかったからやったんだと言っている。こんないい子にお礼の一つも出来なければ、男がすたるだろう。

「じゃあ、今度ご飯食べに行こうよ。あ、勿論おごるよ」

「え、ご飯、ですか!?」

「う、うん。嫌かな?」

 海翔が食事に誘った瞬間、詩織が急に慌てだした。そんなに嫌だったのだろうか。少し傷つく。

「ううん! ふつつかものですがよろしくお願いします!」

 詩織が腰を九十度曲げて言った。

「う、うん。もちろん。でもそれじゃお嫁さんに行くみたいだよ?」

「およ、よよ、お嫁さん!? ちょ、ちょちょ、それは……」

 詩織が何やらブツブツ言いだしてしまった。連日の準備からくる疲れがこんな所に祟ってしまったのかもいれない。可哀そうに……。

 何やら突如詩織の頭がパンクしてしまったので、先に片づけを始める。片づけと言っても今日使った道具を片付けるだけなのでものの数分で終わった。片づけが終わったので詩織を見てみると、まだパンクしていたので話しかける。

「おーい、遠藤さん。大丈夫? 帰るよ」

 海翔が話しかけるとボーっとしていた、詩織に突如意識が戻る。

「あ! ごめんなさい! 私……」

「いいよ、それじゃ帰ろうか」

 時計を見ると、針は六時半ごろを指している。連日八時越えだったので今日はかなり早く切り上げられた。全て終わったからこそ言えることだが、やはり海翔一人だけでは、到底四日間では終わらなかっただろう。

 本当に詩織には感謝してもしきれない。

 談笑しながら帰っていると、あっという間に分かれ道の公園の丁字路まで来てしまう。

「それじゃ、またね。遠藤さん」

「うん、またね」

 ここからは方向が別なので、分かれる。若干の名残惜しさはあるが、また会えるからいいだろう。そう思いながら歩き出そうとすると、何やら袖に違和感を感じた。後ろを振り返ると、詩織が海翔の右の袖を弱々しい力で掴んでいる。

「ねぇ中川君」

「う、うん」

 突然雰囲気が変わった詩織に海翔は困惑する。触ったら簡単に壊れてしまいそうな、儚い雰囲気だ。

「明日……学祭来るよね?」

 心配でたまらないと言った様子だ。

「う、うん。ズル休みをする予定はないけれど……」

 この雰囲気にたまらず海翔はしょうもない冗談を言ってしまう。これまで見たことのない詩織の雰囲気に自分でも信じられないくらい動揺してしまっていたのだ。頭が普段のように回らない。

「そっか。そうだ! さっきのお礼! 一緒にご飯に行くのも捨てがたいけど、学祭。一緒に回らない?」

「分かった。もちろんだよ」

「うん!」と詩織は満面の笑みで答える。

「それじゃあ、約束」

 詩織が小指を突きだす。あぁこれは……。

「うん、約束」

 海翔も小指を突きだし「指切りげんまん」をする。こんなのしたのは小学生ぶりだ。

「それじゃ。明日、楽しみにしてるね!」

 詩織が手を振って駆けだしていく。

(指切りげんまんか……)

 よく分からないが、とにかく今日生きて帰ってくる理由ができた。もしかしたら昼間感じていた不安というのは、そういう事からくるものだったのかもしれない。

 漠然と、何の意味もなく戦場へ向かい死ぬ。それが怖かったのかもしれない。だが、偶然にも今日死ぬわけにはいかない理由ができた。俄然やる気が出てくる。

 天使との戦闘がどれだけ激しいものになるかは分からない。だけど明日をむかえるために理由ができた。理由ができたなら、後は実行するだけだろう。

「まぁ、やれるだけはやるかな」

 約束は死んでも守る。そういう性分だからね。

 そう胸に強く決意して海翔は帰路についた。

 

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