『セブンカラーズ』第一章:第八話(狂気の現場)

セブンカラーズ

 約束が与える影響というのは、自分が想像していたよりも大きいらしい。

「明日一緒に学祭を回る」たったこれだけの約束なのに、俄然やる気が湧いてきた。やる気が湧いてきたという事は、自然と家路を歩く足も速くなるというものだ。普段は5分程かかる道を、今日は何と2分で帰って来た。早歩きというか、もはや走っていた。

 ドアを開け、家に入る。まずリビングへ向かうと、クロウが呑気そうにコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。

「ただいま」

「おう」

 クロウがこちらも見ずに適当に返事をする。これから敵の拠点に突撃するというのに、クロウは緊張はしないのだろうか。

「そのマグカップどうしたの? そんなの家にあったっけ」

 弁当を洗いながらクロウに聞く。あんな真っ赤なマグカップを買った覚えはない。それに海翔も、母親もどちらの趣味でもない。

「魔力で作った。俺好みのが無かったからな。ていうかこのコーヒーって奴は美味いな。始めは泥水かと思ったんだが、案外いけるな」

 短期間で随分、世俗に染まった天使だ。美味しそうにコーヒーを飲んでるし、雑誌も読んでいる。海翔が学校に行っている間は、案外楽しそうに過ごしているのかもしれない。

 準備をするために自室へ向かう。

(準備って言っても、一体何を準備すればいいんだろう? バットとか持って行った方がいいのかな。あ、バットなんて持ってなかったわ)

 自問自答をしつつ準備を終える。悩んだ結果、何も持って行かない事にした。何を持っていったらいいか分からなかったし、多分動きやすい格好の方が良いだろう。分からないけど。

「お待たせ、クロウ」

「ああ、それじゃ行くか」

 クロウがおもむろに立ち上がり、そのまま部屋を出て行く。

「ちょ、行くってどこへ?」

 あまりにも自然と出て行くので、そのまま見送りそうになった。

「決まってんだろ? マカイズの拠点、湊孝輔の家さ」

 

 

 湊孝輔。この辺りにある国立大学の学生で、マカイズの契約者。会社役員の父を持ち、裕福な家に生まれる。薬学部に通っており、成績は優秀。その爽やかな見た目と誠実な人柄から男子学生おのみならず、女子学生からの人気も高い。一見普通の学生だが、特筆すべきはその殺害衝動にある。この衝動においては目下調査中である。

「ってこれ本当なの? クロウ」

 この前ソウから受け取った情報を、クロウが紙におこしてくれたので読んでいた。ソウはどうやってこんな情報を知らべたのだろうか。

「多分本当だろうな。昼間こいつの家の近くまで行ったが、確かにマカイズの魔力を感じた。少なくとも居所だけは本当だ」

 適当そうなのに、きちんと昼間のうちに裏取りをしていたのか。作戦会議は適当だけど、勝つためにきちんと行動してるんだな、と少し感心する。

「でも、この殺害衝動って……」

 ソウからの情報の一番最後。殺害衝動という所は流石に無視できない。というか一体どうしたら、そんな内面的なことを調べられるんだろう。

「さぁな。そんなのは本人に聞くしかねえんじゃないか? さ、ゴタゴタ言ってる内に着いたぞ、ここだ」

 クロウが立ち止まったのは、一般的な一軒家の前。外見からは、天使がこの中にいるなんて想像できない。と言っても天使がいそうな家なんて見たことは無いのだが。

「さぁ行くぞ」

 クロウが早速ドアに手をかける。ドアに鍵は掛かっておらず、素直に開く。

「え、もう行くの? 何か作戦会議とか……」

「そんなの昨日考えただろ。敵地の真ん前で突っ立ってる方が危ないだろうが」

 クロウが面倒くさそうに言う。いや、確かにそうだけど。海翔が納得のいかなさそうな顔をしていると、クロウがため息を吐きつつ家の中へ入っていった。海翔も用心しながら家へ入る。

「おい、馬鹿なのかお前は」

「え、何が?」

 何の落ち度もないのに、急に馬鹿かと言われたら流石の海翔でもムッとくる。

「何が? じゃねえよ。戦場でクツを脱ぐような奴に馬鹿と言って何が悪い。いいからクツは履いとけ」

「……分かった」 

 渋々脱ぎ掛けていた靴を履き直し、クツのまま家に上がる。こんなアメリカンな体験をしたのは初めてなので、少し違和感がある。

 ふと落ち着いて見ると、外観の通り結構広い。なのでまずは玄関から一番近い部屋から調査を始める事にした。ダイニングキッチンに、四人掛けの食卓。一般的な家族が住んでいるのだろうと想像できるリビングだった。

「ここは、特に何もなさそうだな」

 クロウと手分けして、リビングを調査する。確かにリビングには特におかしな点は無かった。少し気になった点と言えば、コンビニ弁当やお総菜のゴミが多い事だろうか。家族で暮らしているには、少し寂しいゴミだなと思った。

「さぁ次行くぞ」

 リビングの調査を終え、次の部屋へ向かう。

「そういえば、何でこんな家宅捜査みたいな事してるの?」

「天使の痕跡を探すためだ。運が良かったら奴の弱点とかも見つかるかもしれないしな」

 次の部屋は脱衣所。洗濯機や洗面台、奥には浴室がある。クロウが浴室の方へ行ったので、海翔は脱衣所を簡単に調べる。

(う~ん、特に目ぼしいものはないなぁ)

 当たり前のように家探しをしているけど、これって普通にアウトなのではないだろうか。今になって後悔の念が押し寄せてくる。

「おい、海翔。お前グロイのとかは平気か?」

 クロウが浴室のドアを閉めつつ、聞いてくる。

「うん、まぁ人並みには」

 少し前に慎吾とグロめのホラー映画に行った事があるが、特に恐怖心や嫌悪感を感じたことは無かった。何というかリアル過ぎて、逆に現実味が無いというか……。まぁ人並みに平気と言った感じだろう。

「そうか。後悔するなよ」

 クロウが道を譲るように一歩横に避ける。一体この中に何があるというのだろう。

 ゆっくりと浴室のドアを開ける。

「なっ……!」

 浴室を開けて、まず飛び込んできたのは赤だった。部屋のあちこちが赤い。そして次に襲って来たのは強烈な臭い。つんざくような腐敗臭が鼻を襲う。襲ってくる吐き気を何とか抑えつつ、左側、浴槽の方を見てみる。

 浴槽は大量の血液で満たされていた。もしもそこに入ったなら、半身浴は十分に出来るだろう。そして血液のプールから少し飛び出ている指先の様なもの。

 単純なグロテスク度で言ったら、圧倒的に映画の方が高かったし、気持ち悪かった。今、目の前にあるのは血の海と、少し飛び出る指先。ただ明確に違うのは、この指先がつい先日まで普通に生活をしていた、という事が容易に想像できる事だ。

 映画はどれだけ視覚的に訴えてきていても、結局それは作り物だと心がフィルターをかけているから、あまりショッキングでない。だが今目の前にあるのはそのフィルターが外れた物。その分心にくるダメージが大きい。

「……!」

 突然肩を誰かに叩かれる。海翔が振り向くと、クロウが肩を叩いていた。

「それ以上は、止めとけ」

 クロウが海翔を脱衣所側に優しく引っ張り、浴室のドアを閉める。

「大丈夫か、海翔」

「うん、なんとか」

 人は余りにもショッキングな光景を見てしまうと、力が抜けてしまうらしい。その場に座り込んでしまう。

「やれやれ、それを見られちゃ返す訳にはいかないね」

 突如知らない声が増える。大学生くらいの爽やかな雰囲気を放つ青年だ。

「これをやったのはお前か? 湊孝輔」

「うん、そうだよ。父さん、母さん、そして弟さ」

 クロウの問いに、孝輔は悪びれもなく答える。

「そうか。いいや、一応確認しておこうと思ってな。これで遠慮なくやれそうだ!」

 クロウが言い終わると同時に、孝輔へ殴りかかる。

「おうっと。人の拠点に殴り込みをかけにくるなんて、大胆な事をしてくれるじゃないかい」

 クロウの拳を、突如現れたマカイズが鎌で受け止める。

「こんな、サイコ野郎を選ぶとはな。お前にぴったりじゃないか、マカイズ!」

「そりゃあどうも!」

 マカイズが力任せに鎌を振るい、クロウを一歩引かせる。

「孝輔、ここじゃこちらが不利だ! 引くよ!」

 マカイズが孝輔を抱え、窓を突き破り外に飛び出す。

「行くぞ、海翔! 付いて来い!」

 マカイズを追って、クロウも窓から外に飛び出す。

「付いて来いって、全く!」

 クロウを追って、海翔は玄関から外に出る。

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